思うままにつれづれ書くblog

その時々に感じたことを正直に、思うままにつれづれを書いています。

「ライフレッスン」その2

感想など その2です。

第一章が「ほんものの自己のレッスン」

以下引用

 わたしたちはみなこころの奥底に、自分がそうなるはずだった何者かが
住んでいることを知っている。 そして、自分がそのような人間になるだろうと
いうことを、感じとることができる。
逆のいいかたをしてもいい。なにかがおかしくなっているとき、そうなるはずだった
自分とはちがう自分になっていることを、わたしたちは知っているのだ。

引用ここまで。

そうなるはずだった自分 というのは いわゆるハイヤーセルフ(高次の自己)と
呼ばれるものなのかもしれませんが
ハイヤーセルフ」なんて言われても わたしはイマイチぴんとこなかったり
していて。

自然と知っている自分 と言う風に聞くと
なんか わたし的には 「ああ それならなんかしっくりくる」と感じます。

でも なにかの拍子で過剰な期待感があったりすると
自分探しにはまってしまって すぐそばにあるのに、遠くばかり探してる
というようなことも起きちゃうのかもしれないなあ などと思いました。

わたしも 最近は 「自分はこんな感じの存在」っていうのを ふわっと意識は
していて (それが合ってるかどうかは知らんけど 今時点ではそう思ってるし
多分合ってるとは思ってる)
その感じで 普段過ごしたり なにか行動したり書いたりってことを

していますが
前は 「もっとなんかこうトクベツ感」を求めていたので
全然満足いかなくて 自分にすごく不満を抱いていました。

でも多分 真逆なことを体験することで
もともと知ってた 分かってた でもあんまり意識してなかった
というところに 光があたるようになるのかなあ と最近は思っています。

以下引用

 喪失に直面した時、われわれのクライアントたちは、重要なのは愛だけだった
ということに気づいた。じつは愛こそは、われわれが自由に御(ぎょ)し、
身につけ、持ち歩くことができる唯一のものである。
クライアントたちは「彼方」に幸福を求めることを断念した。
そのかわり かれらは自分がすでにもっていたもののなかに、
自分自身であることのなかに 豊穣と意味をみいだす方法を学び、
すでにある可能性を深く掘り下げる方法を身につけた。

(中略)

かれらが見出したのは きょうという日の、時々刻々の豊かさだった。
みずからの心に耳を傾けることを学んだからである。

以上引用

自分がもってないものに憧れたり
自分とはかけ離れたところのものを欲しがったりすることもありますが、
そういうことを経験した後に
自分がすでにもっていたもののなかに 豊かさや喜びを感じられるように
なるのかなあと思います。

思い描いていたような特別感はなくても 人はそれぞれ唯一無二の存在で
固有の雰囲気や、発しているものがあるのだろうなあと感じます。