思うままにつれづれ書くblog

背伸びせずかっこつけず思うままにつれづれをぶっちゃけていくブログです。

目の前の人が見えなくなってるときの違和感。

先日 モンテッソーリ教育が話題になっていて
ふと 思いだしたこと。

うちの子たちは 2人ともモンテの幼稚園に通いました。

モンテと言っても いろんな雰囲気の幼稚園や
個人塾?のようなところもありました。

わたしは 「ママ、ひとりでするのを手伝ってね!」
という相良さんの本を読んで とても感動して
ぜひぜひこういう場で こどもがいろんな経験ができたらいいなあと
思ったのがきっかけです。
(ちなみに相良さんの講演会を聞いたことがあるのですが
ほんと素敵でエネルギッシュでチャーミングな方でした♡)

モンテッソーリ関係の本では
モンテで育った子どもが それぞれの資質をのばしていく過程など
素晴らしい事例が紹介されています。

その 素晴らしい事例に目を奪われ過ぎてしまい、
自分の子を それに当てはめようとしていることにある時気がつきました。

いくら素晴らしいメソッドでも
「こうこうこうすれば こうなるはず」という枠にはめようはめようと
すると おかしいことになるんだなあと感じたし

「素晴らしい」 というルートに うっかり自分も子どもも
乗せようとしてしまう危うさ?のようなものも感じました。

目の前の子どもが 見えなくなってしまうんですよね。
それをすると。
そのメソッドのフィルターにかけちゃうというか。

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それと似たようなことが スピリチュアルと言われているような
業界?にもあるように思います。

なんか 違和感がある
なんか おかしいなあ・・と感じていたこと。

自分が何に違和感を感じているのか
ずっと よくわからなかったんだけど、

あ、これ・・。
目の前の人が見えなくなってる あの感じなんだな!と
つい先日 思い当たりました。

例えば 豊かになるために お金がもっと入ってくるように・・
という時に
パートナーシップのハナシとか 夫婦関係とか
そういうのが絡んでくる話(メソッド?)の時に

その 豊かさ とか お金 とか そういう目的のところに
フォーカスしすぎて
目の前のだんなさん不在というか。
男の人は 女の人に尽くしたがってるとか
頼られると嬉しいとか 
そういうもんなんだよ っていう記事を目にしたとき

あ、そうなのかな?って 一時期思ったんですけど
今は ん~ それはそうなのかもしれないけど
なんか わたし的には違うなあというのが正直なところです。

そのメソッドや効果に目を奪われ過ぎて
目の前のホントに大事な家族とか だんなさんのこと
見えなくなってしまうこともあるんじゃないかなあと。

そういうところに すぽっとハマってしまう危うさを感じます。

でも その危うさを感じられるのは
わたしが そこにハマりかけたからこそ。

本当に自分にとって大事にしたいことはなんなのか。
違和感は それをいつも教えてくれるものなんだなあと思います。