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思うままにつれづれ書くblog

背伸びせずかっこつけず思うままにつれづれをぶっちゃけていくブログです。

ゲド戦記 影との戦い その1

ゲド戦記を初めて読んだのは 2010年。
ちょうど ヒーリングクラスに通っている時で
参考図書として出てきたので 読んでみようと思ったのがきっかけです。

読んだら すごくひきこまれて
それから 大好きになった本の1つ。
魅力的な登場人物がたくさん出てきて、
詳しい解説があまりない 物語として進んでいくところが好きです。

分からないままに 読み進めても十分魅力的で
読み返すたびに発見があったり 心に響くところが違ったり。
誰かが解説してくれたものを読むのも 面白いけど
分からないまま 何年も放っておくというか 寝かしておくのも
本のひとつの楽しみ方なのかなあ なんて思ったりします♡

ブログに感想を書いていたなあと 思い、今日検索したら出てきました。

以下は 2011年に書いた 好きなシーンについての記事。

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ゲドは 影から逃れるために
ハヤブサに姿をかえて 師であるオジオンの元へと
戻ります。

姿を変えることは危険を伴うことでした。
それが 戯れであっても、常に真の自分自身を
失う危険を、真の姿をなくしていく危険をはらんでいました。

ハヤブサに姿を変えた時間が長かったゲドは
いつしか人間のものの見方 考え方を忘れて
ハヤブサ的なものの見方しかできなくなっています。

ゲドの姿にもどっても ゲドは元の自分に戻れず
口もきけません。

そして3日目。

「オジオンさま・・・」

「やあ きたか。」 オジオンは言った。

「はい、出ていったときと同じ、愚か者のままで。」

ここを読んだ時に
なぜか胸が詰まり 涙があふれました。

何で泣いてるんだろう 私 と思いながら。

ゲドは 師であるオジオンを愛していることに気づき、
その元にいたいと思いながらも
自らの偉大な力を持つがゆえに 
知らないことがあるがゆえの傲慢さと
事を為し 栄誉を我がものとしたいという
強い欲求を持っていました。

そして その欲求に向かって
進んで行くのですが、

そこを 通らないわけにはいかなかった

のだと思うのです。

もう そうしないわけにはいかない という感じで
ありとあらゆる高度な術を学べる 魔法使いの
学院へと行くために
ゲドは師の元を離れていきます。

そして その 栄誉を求める気持ち
自らの力を誇示したいという気持ちから
影を呼び出してしまうことになります。

その影は ゲドを飲み込もうとするものでした。
(その時点では)

そして その影から逃れて ぼろぼろになって
また オジオンと再会するシーンです。

ここでのゲドは
自分が愚かである(あった)ということを よく知っています。

卑下でもなく
ただ ありのままの自分を見つめて 
それを そのまま 伝えているだけです。

その姿に 心うたれたのかもしれません。

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以上 昔のブログからでした^^

ここのシーンは今でもすごく好きです♪

オジオン、かっこいいよね~!
寡黙な感じも ごくごく普通な感じも いいなあ~と思います。

姿かえの術の危険性は 他のところでも話に出ていて
魔法使いが クマになって遊んでいるうちに 元の姿に戻れなくなってしまった
とか。ゲド戦記のどこかに出ていたはず。

「名前」というのも ゲド戦記全体で出てくるところで
例えば アースシーの世界では 真の名前 というのは むやみやたらに人に教えるもんじゃない という風に 前半は扱われています。

まことのなまえを知ることが 魔法使いにとって大切なこととされていたり。

と、ここで思いだすのは 漫画の「陰陽師」でも 名は体を縛る 名はもっとも短い呪(しゅ)である という表現がでてきたような・・(うろ覚えなんで後で確認しよ)
同じく 陰陽師で 「真の名前で呼ばれれば わたしは真の姿を思いだす」みたいな
シーンもあったはず。 

そんなこんなで「名前」って面白いなあとか 名前ってなんなんだろと 思っていたんだった。
名前=真の自分をあらわすもの なのかなあ・・。
また それについては 読み返してみようと思います。

魔法使いが クマに姿を変えて遊んでいるうちに 自分自身を忘れて戻れなくなる とか
ハヤブサになったゲドが 身体はゲドに戻っているのに口がきけない とか
そういうのを 読むと
なんか 自分に照らし合わせても
自分以外のものになっている時間が長いほどに 自分自身の素の感じというか 自分自身というものを忘れていってしまうのかなあ・・ などと感じました。
そして 遊びとか 目先の楽しいことであったりとか そういうことに時間を注いでいるうちに 自分本来の感じを忘れるということであったりとか・・。

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オジオンは ゲドを送り出すんですよね。
それが すごいなあと思います。

そっちに行かざるをえないような感じで ゲドは学院に行くことを選んだのかなあ。
とおらないわけにはいかない道
それが 人から見て明らかに間違いのようにみえたとしても
失敗と呼ばれるようなものなのだとしても
「とおらないわけにはいかない」 というものが 人生においてはあるのかなあ
なんて わたしは思ったりします。