思うままにつれづれ書くblog

背伸びせずかっこつけず思うままにつれづれをぶっちゃけていくブログです。

フラワーエッセンスの仕事について その2

先日のブログ記事の中で

「これは私の場合 ですが、
興味をもってもらおう とか
セッションを受けるとこんないいことがあります
というのを 必要以上に意識しなくてよくなったことが
肩の力が抜けた感じで フラワーエッセンスと関われるようになった
というのが1つ良かったことです。嬉しいことでもあります。
(これは 私の場合なので 稼ぎながら自然体でかかわっている人も
もちろんたくさんいらっしゃると思います)」

と 書きました。

以前ブログコンサルを受けた時に言われたのが
「効果をもっとアピールしてください」
クライアントさんにとって どんなメリットがあるのかを
もっとアピールしてください ということでした。

あとは 即効性みたいな部分。

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フラワーエッセンスって 説明しようとすると
けっこう 頭を悩ます方も多いかもしれないです。

だって 強制力があるわけじゃないし 薬じゃないし
でも バッチ博士は薬として作ってて~
リラクゼーショングッズのような扱われ方をすることもあれば
魔法の薬?のような表現をされることもあるし。

フラワーエッセンスって 音楽と似ていて
そこに流れていて 共鳴するかどうかは自分が選べる
みたいなところがあって

劇的な効果を感じる人もいれば
ん~?なんだか ん? そういえば? みたいな人もいる。

疲れた~って 時はオリーブのエッセンスが選ばれるけれど
オリーブは滋養強壮剤のようなものではないので
飲めば速攻元気になるってもんでもない。

本来の活力を取り戻すために 一旦強制終了でーす!みたいな
出来事がおこったりもする。

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というわけで 「効果を強調する」というのは 
わたしにとっては 非常になんだか もやっとすることでもありました。

うん、でも 作用はあるんだよね。
だから そういうところを もっとアピールして
フラワーエッセンスをもっと有効活用してもらったり
こんないいものがあるんだよ~って 知ってもらうことも大事。

最初は
こんな問題が解決した人がいますよ とか
こんな時に こんなエッセンスを使って こんないいことがありますよ
っていうところが 入口になることが多いと思います。

そして その奥に
本来の自分らしい感じってなんだろうとか 
魂の声というか 自分の内側からくるささやきに耳を傾ける
というところにつながってくるところが フラワーエッセンスなんだと感じていて。

そして 内側の自分の声に耳を傾けていると
現実問題 非常に板ばさみ的な悩みが持ち上がったりもする。
それは すぐに決断できないことも多いだろうし
葛藤や苦悩を味わうこともある。
そんなときも フラワーエッセンスがサポートになります。
(フラワーエッセンスを飲むことで葛藤にきづいて フラワーエッセンスにサポートされるってなんか面白いなあと今思った)

そこを潜り抜けていくと あるポイントにたどり着いていって。
そこから また 全く新しい選択だったり 生き方だったりが始まることもある。

そんなことに気づかせてくれたり 支えてくれたりするのが
フラワーエッセンスの奥深さかなあと感じています。

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入口的な部分も 奥深い部分もどっちもフラワーエッセンスの良さ。
以前は その奥深いところだけ強調して そこが真実?というか大事なんだよ
ってところが言いたくていたんだけど、
最近は どっちもいいなあって思っています。

いろんな段階の方に 寄り添えるようなフラワーエッセンスプラクティショナーでありたいなあと 思う今日この頃です。

フラワーエッセンスの仕事について

一時期 フラワーエッセンスのブログ記事が全く書けず
書くことも 書きたいことも思いつかず

時計屋さんの仕事で いっぱいいっぱいだったのもあるし
そっちが面白くなってしまったのもあり。

今までやってきたこと 学んできたことは
そのままそっくり誰か、もしも聞いてくださる人がいらっしゃったら
その人にノートを渡すようにして 好きなように扱ってもらって
後は わたしは 辞めちゃおうかな と考えていました。

個人事業主
目に見えない世界
エネルギーとか気とか スピリチュアルとか
そういうところから 離れて?(いや離れてはいないんだけど)
働いてみると

自分のやっていたこと 身を置いていた状況
というのが また違う見え方をするように
なってきました。

フラワーエッセンスだけを仕事にしていた時は
それで稼げるようになりたいと思っていたし
(心の底からそう思っていたかどうかは別として)
月にこれくらいは 稼ぎたい というのがありました。

それに向けて ブログコンサルを受けてみたり
相談してみたり 自分なりに試みたことがあったり

そういった中で 同業の人に対して焦りを抱いたり
比べて落ち込んだり
もっとクライアントさんについてもらうにはどうしたらよいのだろう
自分の提供するメニューが 人を惹き付けるものになっているかどうか
見せ方とか そういうところにすごくこだわっていた時期もありました。
がんばればがんばるほど 空回りするような部分もあったりして。

仕事にする それで稼ぐ
というときに 人に知ってもらう 興味をもってもらう
というのは とても大事なことだと 今も思います。

そして そういうことに対して努力する というのも
それで食べていくのならば すごく大事なことだと思います。

努力、というか。
コツコツやっていくこと。やっていかなくてはいけないことって
あるんじゃないかなと思います。

そういった面では わたしは圧倒的に努力が足りなかった。
というか、そういう意識が低かったかなあと。
やってるつもり だけだったかなあと。
(後悔はないのですが 事実としてそうかなと)

いい仕事をしていれば 自然と口コミで広がり
自然と稼げるようになる

そういうことも もちろんあると思うし
それが もしかすると 自然な流れ というものなのかもしれません。

だけど そういう風な自然な流れができて 育っていくのを待って行く間にも
食べていかなくてはなりません(笑)

うちには 子どもも2人います。現実問題 お金も出ていきます。

じゃあ わたしは外に出て働こう って思いました。
もう フラワーエッセンスで稼ぐ ということにつかれていたというのも
あったかもなあ。
フラワーエッセンスで稼ぐ というか
フラワーエッセンスのセッションと 稼ぐことを一緒にする 結びつけることが
上手く行かなかったというか。(うまくいかなかったのか 努力が足りなかったのか)

幸い 接客業は大好きなことの1つだったので
それは 本当にわたしにとって 良かったと思います^^

そして そっちで稼ぐ ということに専念できたので
フラワーエッセンスに対しては 余裕ができたというか。

フラワーエッセンスとお金が切り離されたので、
とても心が楽になりました。

これは私の場合 ですが、
興味をもってもらおう とか
セッションを受けるとこんないいことがあります
というのを 必要以上に意識しなくてよくなったことが
肩の力が抜けた感じで フラワーエッセンスと関われるようになった
というのが1つ良かったことです。嬉しいことでもあります。
(これは 私の場合なので 稼ぎながら自然体でかかわっている人も
もちろんたくさんいらっしゃると思います)

時間がかかっても 自分の感じることを発信して形にしていきたい。
自分が いいなと思うこと 思うものを提供していきたい。

そう思えるようになりました。
今からは また違った感覚でフラワーエッセンスと関わっていけるのではないかと
感じていて
それは ちょっと嬉しいな というか こころにじんわりと火が灯るような
そんな感覚があります。

今も ぽつぽつとセッションのお申込みをいただいていて
全くブログを更新してない間も
そうやって 読んでくださる方がいらっしゃって
申し込んでくれる方がいらっしゃって
おひとりおひとりのご縁がありがたいなあと感じるこの頃です。




子育てしていて最近感じること。

うちの子たちも 上の娘は高1 下の息子は中1となりました。

最近 小さい子を見ると懐かしくてかわええなあ♡となります。
いいなあって 思うけど 小さい時は小さい時で大変だったので
もういいです(笑)でも1日くらいタイムスリップしたいな~^^

さて。

娘は お菓子を作る人になりたい と中学校の時から言っていて、
そういう製菓も教えてくれるような高校に行くか
普通科の高校に行くか 結構悩んでいました。

結果 高校は普通科に行ってみたい というのでそちらに進学。
高校は3年間あるので その間に「大学に行きたい」と言い出すかも
しれませんが、今のところ やはりお菓子を作る人になりたいようです。

息子は 脳内を円グラフにしたら 50パーセント以上は「サッカー」
なんだろうなあと いうくらいに サッカーを中心に世界が回ってます。
サッカー選手になりたいようです。

とまあ そんな2人を見ていて、
もちろん 応援したいと思ってはいるのですが

普段の生活を見ていると
2人とも頑張ってる。マジメだし、よくやってるなあと思う。

でも これだとなんとなく日々が過ぎちゃうんじゃないのかなあなんて
傍にいて思うところもあります。

携帯ずっと触って ラインしたり 動画見たり。
空いた時間があると ずっとそんな感じ。

息抜きは必要だし、わたしも 似たようなもんなので
人のことが言えるような 母親ではないのですが、

ただ んー、これじゃ なんとなくこう言う感じで学生時代が
終わってくんじゃないのかなあと。そんなことを素朴に感じてます。

わたしは 高校時代 それなりに勉強も頑張って進学して
で、大学時代は 遊びに遊んで(ホント親不孝ね・・)
そのまま 何も疑問も持たず それなりに就職活動をして
ところてんが押し出されるように社会に出て 就職しました。

仕事は接客業で 今振り返ると かなり向いてる仕事だと思うし
楽しかったんで 別に何も後悔してるってわけじゃないんだけど。

でも ありあまるあの時間を なにか他のことに使えたんじゃないか的な
思いはどっかにあって。
もっと いろんなところに行くとか 見るとか 聞くとか 読むとか
体験するとかね。

子どもたちを見てると
携帯をずっと触ってるうちに人生の大半は終わっちゃうんじゃないの~?なんて。
(ちょっとおおげさな表現だけどさ)
それはそれで 楽しくて
わたしも 自分が若い時だったら絶対ハマってるとおもうし
気持ちは分かる。 

携帯とりあげたい!とか やめろ! って話じゃなくてね。
ちょっと このままそういうすごし方で時間が過ぎていってしまっても
いいのかい?と 問いかけたい。
って それは 自分にもそっくりはねかえってくる質問で((;´・ω・)

携帯やってる暇あったら もっと他のことやって人生を充実させようよ!とかね
そういうことを言いたいわけでもないのです。

ただ、なんか・・・なんかねえ・・・と感じるこのごろなのでした。

あ、今ふと思いだしたけど 以前書いたゲド戦記の感想の記事の中で

「魔法使いが クマに姿を変えて遊んでいるうちに 自分自身を忘れて戻れなくなる とか
ハヤブサになったゲドが 身体はゲドに戻っているのに口がきけない とか
そういうのを 読むと
なんか 自分に照らし合わせても
自分以外のものになっている時間が長いほどに 自分自身の素の感じというか 自分自身というものを忘れていってしまうのかなあ・・ などと感じました。
そして 遊びとか 目先の楽しいことであったりとか そういうことに時間を注いでいるうちに 自分本来の感じを忘れるということであったりとか・・。」

って書いたんだけど 多分これだな!
遊びや 目先の楽しいことも 私も大好きだし ついついやってしまうけれど
そういうことばかりに時間を注いでいるうちに 自分本来の感じを忘れる

こういうところが 気になるんだな きっと。

もったいないとか 充実させなきゃとかじゃないんだよね。
ただ それで 自分は本当にいいの?って感覚なんだと思う。







分かりあう 分かってほしい などなど。

昔は わたしのことを分かってほしい! 認めてほしい!という気持ちが

強かったんだと思うんだけど

最近は 年とともに?そういうのも 少なくなってはきていて(なくなるとかはないと思うけど)

そもそも 分からなくて当たり前じゃね?みたいな気持ちがどっかにあります。
(やさぐれてはないはずよ^^;)

夫婦も 長く一緒にいるから 大体のことは分かってるつもりではあるけれど
それは あくまで「つもり」なんだなあと 思ったりします。

じゃあ だからといって

「分かりあうために」 とか 「分かりあう」ということをゴールにしてしまうと
それも なんだか違うかなあ~と 思うこのごろです。

つきあってるころや結婚してしばらくは
夫と話しをする というときは 私の考えを分かってほしい 共感してほしい
という気持ちが強かったけど

あ、今書いてて気づいた
わかってほしいって 「共感してほしい」ってこととほぼほぼイコールに近いケースが多いのかもね。

よく 夫婦で「どっちが大変か」みたいな合戦が始まることがあるけれど
大変さの質も違えば 男女の違いもあったりして 
気持ちは分かるような気もするけど(自分もあったし)なんかなあ・・と正直思ったりするのですが、

それって 「私の方が(あるいは 「わたしの方も」 )大変だということを相手に認めさせたい」だったり
「大変だねって共感してほしい」ということなのかもなあ・・・。

お互いにそう思ってるとしたら どこまでいっても平行線。

じゃあ 平行線はよくないのか 歩み寄りや忍耐が必要なのか
となると それもまた なんか しっくりこないしなあ・・。

なんかね、最近ちょっと思ったのは

人はそれぞれ 見るものを見たいように見てるのかなってこと。
それが 「世界観」って言葉で表されるのかもしれない。

見るものを見たいように見るから
人(あるいは出来事や状況)に何かを期待しては 勝手にがっかりして 「そんな人だとは思わなかった」
とかいうのよ。(わたしも含め)
じゃあ どんな人だと思ってたのさって話で。

そこで はっとするよね。 ああ こういう人だと思いたかったのかなって。
自分の勝手なイメージや期待だったんだなって。

でもそれって ある程度は起こることで
それが よくないとか やめようとか言うのも違うかなと。

本当の意味で「分かった!」とはならなくても
ああ この人が見てるのはこんな感じなのかな?ってことが 垣間見えて
そこで 自分はこう見てるんだなってことが あらためて自分で認識できて

それだけでも 違ってくるんじゃないのかなあと。
平行線なようで 平行線じゃないというか。

分からないこともそんなに悪くはないのかなあ
それでもいいなと思える何かがあるのではないのかなあと思うこのごろです。

「どうせわかってもらえない」から 「伝えない」のではなく
「わかってもらえなくても」 「伝えること」の大事さというか。
やっぱり だんまりをきめこんで 閉ざしてしまうのと
扉は 開けといて 伝える準備ができていることや 実際に伝えることとは

全く違ってくると思う。


分からないながらも、心地よく一緒にいられる、とか、つながっていられる、ということはあるしね(^^)


なにを言ってるのかわけわからん文章かもしれませんが^^;
最近の正直な感覚はそんな感じです。

 

 

期待から じゃあ どうする?へ。

今日 友達のブログを読んでいたら
「エネルギーが整っているからといって棚ぼた的にいいことが起きるわけではない」という内容が書いてあって、

おお、そうだそうだとわが身を振り返ってしまいました。
(回想)

エネルギーだったり波動的なものだったり(フラワーエッセンスもそうだけど)
そういうことを知識として知って、それでそういったセッションを受けたり
フラワーエッセンス飲んだりして「こんなに変わりました!」
「こんないいことがありました!」なんて体験談を読んでいると

単純に期待しちゃいますよね。

わたしは 結構そういう期待感が強くて
このセッションを受けたら なんかすごいことが起きてスゴイ能力が身についたりして~
みたいな

や~なんかミラクルが続いて めちゃめちゃすごいことになるんじゃないかとか

まー 地に足ついてない夢見る夢子ちゃんでしたよ。

でもね、そんな自分を恥じてはおりませぬ。
わたしの歴史~ そういうところから始まって 今があるんだもの。
なので 同じような人がいたら 「分かる~!」って思う。

最初は エネルギーワークとか遠隔とか まったくもってアヤシイと思っていて
特に 遠隔なんて 「なんで遠くからそんなことができるのさ」って思ってました。

そんな中、信頼できる人がおすすめしていたので 好奇心から初めてチャネリングメッセージなるものを受け取った時に

ほんとーに 誰にも話したことがないことが書いてあって。
いやもう なんか。
驚いたというよりも もう文字として頭に入ってくるんじゃなくて、ハートにドストライク、みたいな。
なみだがどばーって流れてきて
もう涙が止まらなかった。

その時 理屈を全部 すぱーんと飛び越えて
「ああ 目に見えない存在みたいなものが 見守ってくれてるんだ~」っていうのが
腑に落ちたというか 自然と受け入れられたというか。

で、フラワーエッセンスの仕事をしている仕事柄? チャネリングできる人とか
エネルギーの調整ができる人とか 見えたりする人とかと 知り合うことが多くてですね、
もうなんか すごいな。って。
わたしは そういうのできないし 見えたり聞こえたりもしないし
そんな自分が フラワーエッセンスの仕事していていいのかな・・・と本気で悩んでいたこともありました。(今振り返ると なんじゃそりゃ!って つっこみいれたくなるけど)

なので そういう能力がある?人に対して すごい憧れがありましたね~。

そういう 不思議体験?みたいなことがあると すっかりはまってしまってですね、
いちいち なんか 自分がこれでいいのかどうか 確かめたくなる症候群な時代もありました。

いちいち承認を得たいの。
この道でいいのか、とか。
そして 認められたいし褒められたい。
そして 間違えたくない。

セッションもいろんなの受けました。
なんか 自信がなかったんだと思う。
自信って言うか、自分に対する信頼感がなかったというか。

いっぱい褒められて あなたはこんな人なんだよ こんな才能を持ってるんだよって
なんど言われても受け取れない ということもあったし
そういうところ褒められたいんじゃない みたいなこともあった。
(憧れの自分像とギャップがあって そんなとこ褒められたって嬉しくない、っていう)

セッションもいろんなの受けて
それも そういう時期だったのかな~
発見があったり 良いことも 嫌な思いをしたりもありましたし そこでいろんな経験ができてよかったです。

そんな中で
こわごわ 少しずつ行動したり 自分の思ってること感じたことを書いてみたりして
徐々に吹っ切れていったのかな・・・?

あ、大丈夫なんだなって。 少しずつ体感として分かってきたというか。

メッセージ的なものも ここ数年はお願いしなくなりました。
(でも 受けたい!って思ったときは お願いしたいと思う♡)

いちいち確かめたい時期もあったのですが、
だんだんと もらうメッセージが
「あ、それ わたしもなんとなく感じてたんだよなあ」っていうことがあって。

なんとなくこうしようかな って思ったりとか
こんなふうなのがいいかな って思っていたことが
そのまま メッセージとして書いてあったりして。

そういうことが続くと
「あ、わたしは チャネラーではないけど、結構ちゃんと受取ってんだなあ」って感じて 自分に対する信頼感もでてきました。

少しずつ 周りの助けをかりて 自分への信頼感を育んできた感じかなのかなあ・・・?
自分を振り返ってみると
わたしの場合は 劇的になにかが変化したとかっていうドラマチックな出来事はなにもなくて、 ゆっくりと 散々ぐずぐずしながら 進んできた感じ。

とっても地味です(笑)

振り返ってよかったなって思うのは
フラワーエッセンスの世界観(哲学)を学んだこと
(これはフラワーエッセンスに限らず いろんなことを深めると共通点の多い部分という意味で)
周りにいてくれた セラピストさんやヒーラーさんが ホントにごくごく普通というか
信頼できる人達であったこと 
身体からのアプローチ 整体を何年にもわたって 地味に続けてきたこと

です。

そして
周りのサポートは とてもありがたいもの。
そのうえで やっぱり 自分の人生は自分のもの なのですよね。
助けを得ても それをどうしていくかは 自分。

それから セッションなどで伝えてもらう 才能や可能性は 自分の中の種。
それが「ある」ことだけに 満足せず
その種を育てていくのも 自分なんだよなあと思います。
優しい人が多いから いいことばかり伝えてくれる人も多くて それはとても嬉しいし
励まされてきたけれど 最近は 「自分に対する厳しさ」も必要かなと感じます。
褒められて 嬉しい!だけじゃなくてね。 その先。

わたしは思うんですけど
ハイヤーセルフ とか 高次の自己 と言われるものは 自分自身でもあるけれど
それが 「本当の自分」 なのかというと わたしはちょっと違うかなって感じます。

今肉体をもって ここにいる自分。
「いつかなれる?であろう最高の自分」 も素敵だけど、
今肉体をもって ここにいる自分を
嫌だなって思う部分 好きだと思う部分 まるごと含め ヨシヨシってしてあげたい気持ちなのです。

長い時間をかけて いろいろと軽やかになって、状態も整ってきて
ずっと こういうことがしたい と思っていたことも気持ちが変わってきました。

自分のコンディションが心身ともに心地よい状態になってくると
「いいことが起きるかも」 という期待感は あまりなくなってきて
じゃあ このいい状態で わたしはどうするのだろう?って 思いながら
今はいろいろと動いている感じです。

まだまだだなあ~
やっとこさ スタートラインなのかもです。